CHIMERIA FESTIVAL 2012の行事を終え、疾風怒濤の滞欧日程の大半を終え、今、会期半ばのExposition L'ART GENSO会場最寄りの、シテ島はドフィーヌ広場に面したアパルトマンに引き蘢り、妻を外出させ、絵を描いている。必要な孤独を手に入れると、こうして旅日記など書く余裕が出来るから不思議だ。
CHIMERIA FESTIVAL 2012は、当初私のみの名誉招待であったが、他の邦人も紹介して欲しいと望まれ、但し審査があるとの条件だったので、人選に迷ったが、画家盟友の中でも最も奇想幻想色の濃い古賀郁を推薦したのが主催者にしてディレクターのルテリエ女史に大いに評価され、次々と私含め5人もの邦人幻想画家がCHIMERIA FESTIVAL 2012に纏めて参入できたのであった。許より私のみの招待であったならば、肩身狭く世界の著名幻想画家の末席を汚しているだけだったろう。
そうした意味で、先鋒の古賀郁を始め奇想や構想力のみならず、テクニシャンを選りすぐって推薦した甲斐があった(選考当選順は以下であった。Kaoru Koga,Nobuki Omori,Toru Nogawa,Shinji Asano)。現地への同行を第一条件としたため、中の一人でも選考から外されていたなら、私も名誉招待を辞退することまで考えていたのである。イマジネーションの権化にして、時代に遅れてやって来たシュルレアリスト古賀郁に最大級の感謝を述べたい。
私がこの世で最も憎むものに、機会の寡占と製作現場を離れた<自我欲主義(欲張り)>がある。我々芸術家の使命は、命の他は、全て人に己が作物を与え尽くすことである。少なくとも私はそう思っている。与える対象がたった一人の孤独な王であってもいい。それは永遠の席ではない。一人も万人も同じ事。存在界の鏡である絵画は、存在界にあってはその担い手も、見る者も、語る者も、時に騙る者すら逆照射し、お天道様というものがそこに顕われるのである。
故に席などというものは在って無きようなもの、幾らでも譲り渡す。それに本来機会は巡り続けるものだ。勢い良く手放した方がよい。この信念によって私から機会が去ったことは絶えてない。否、必ず戻って来るものを、逃げぬようにと懐深くしまい込むのは愚か者のすることだ。実業も虚業も投機であるとは父から学んだ。私はナンバーワンは好きではない。そして、末席は何時も心地よい。
「羊歯の眼をした女」はどうしたかって? これは重要な関連事項故、また書こう。旅の読書に何度目かの『ナジャ』(アンドレ・ブルトン著/巌谷國士訳)を連れて来ているからだ。
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