『天国と地獄』               田中章滋

 オッフェンバックは魔眼の持ち主で、だからという訳ではないが、「天国と地獄」を聴いていると変な気がしてくる。

 どっちが天国でどっちが地獄? その心地よい忙しさ。地団駄踏みたくなるリズム。きっとその音符たちは、勝手気侭に手足を生やして、楽譜の上を走り回っているに違いない。一つ試みに全ての音符たちに名前をつけてみたらどうだろう。R君やTちゃん、人ばかりでは淋しいから動物や草花、鬼や怪獣もいなければだめだ。中には作曲家や絵描きの才能を発揮しだす奴もいて、天地創造が始まってしまうかも知れない。何故って、音符の子供だの肖像だのが殖えていって限りがないからさ。神様の猿だと思っているからね、奴ら。

 魔法を使って分身したり、両性具有も出てくるだろうね。そうしたら名前は自分たちでつけてもらわないと困る。その内、王様気取りや政治家も出てきて、天と地を繋ぐ高い塔を建てようなんて言い出すだろう。皆でせっせと肩を組み始めるんだ。建物に使う石がないから、自分たちが柱や石の役目。皆、蟻ん子みたいに黒いので、中には血を噴いて目立とうとする奴もいる。お化粧も流行るな。
 
 それでも踊りだけは止めないね。消えてしまうから。常に唄い踊ってゆらゆらしてるんだ。高いところだから墜落する可哀相な奴もいる。絶唱しながら落ちるんだ。でも悲しまない。苦しくっても辛くても愉快な曲だもの。

 やがて天罰覿面、塔は雷鳴に打ち砕かれる。指揮者が神だからね。銅鑼やシンバルが打ち鳴らされる。ジャーン、ジャーン、ジャーン。オタマジャクシたちは散々バラバラになって雨霰と降り注ぐ。

 まったくこの世は滑稽さ


オッフェンバック
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