『南柯の王』            田中章滋

  後継者を喪い憂い多き大槐安國の王がお触れを出した。曰く「この世で最も尊く偉い行いは何か? 優説あらば大臣に取り立て摂政させん」。

 諸国から大槐安國王の御前に罷り越し、諸説述べる者が後を絶たなかったが、酒客の淳于秒(じゅんうびょう)が蹌踉きつ大仰に畏まって曰く、「盃に酒を酌むことです」。

 不埒千万。槐安國王は南柯の夢再びと思い、その兄淳于分(じゅんうふん)同様槐安國に仇なす者と訝ったが、首を刈る前にその存念を訊いた。

 何故か? 捕縛され、酒の切れた淳于秒、さめざめと泣きながら曰く、「皆酔うて自分が偉く思えるからです」。詳しく訊くに、どれほどの善行も世を救い難く、どれほどの悪行も世を滅ぼせない、尊く偉い行いの行く末は何もしないも同然。なれば酔って心持ちでだけでも大王の如くに偉くなろうではないか、というものであった。

 それを審問し、槐安國王はその日の内に于秒を槐(えんじゅ)の根方に巣食う蟻地獄に落としたのである。

 その時初めて于秒は己が麦酒瓶の底に墜ちた哀れな蟻であったことに気付いたのであった。

南柯の王
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