『火焔獣』                    田中章滋

 大気が不穏だ。俄に黒雲が沸き上がるだけで不吉というものだ。
パリの雨は冷たい。雨宿りのつもりはなかったが、禁煙の禁断症状からか、
つい無意識に煙草屋に入り、何時も飲んでいた銘柄の煙草買ってしまった。
 一度己で禁を破ってしまうと、矢も盾も堪らず紫煙を燻らしたくなるのが
中毒者の常である。

 傘を持ち歩く習慣はない。ノートルダム寺院側面の薔薇窓脇の庇に駆け込
んだ。雨をやり過ごそう。風も少しあるので、俄雨は直ぐに止むだろう。

 案の定、小雨になって来たので、煙草を銜えたままそこを退いたら、煙草
の火先がチュンと音を立て、水鉄砲で狙われたように消された。

空を見上げると雲は完全に去っている。今一度濡れた煙草の先を千切って火
を点け、歩き始めようとすると、また水鉄砲。
 鳥が糞でもしているかとまた空を睨んだが、何もない。新しい煙草を取り
出し、風避けに掌でライターの火を包むと、今度は滝のような大量の水が天
から降って来た。

 私の頭は水浸し。私に何か恨みでもあるのか!誰だ?悪戯している奴は!
と再度見上げると、そこに互い違いに首を伸ばしたシメール達が大きな口を
開けて笑っていた。

シメール
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。