『山乃食堂』 田中章滋
『山乃食堂』は客に何もかも調理させる新手(あらて)のレストランだ。
客は<山>と大書してある暖簾(のれん)を潜(くぐ)ったところから、
あ、これは拙(まず)いことになったと気づく。
鬼婆(オニババ)が血眼で客を凝視するからだ。品書きは一品のみ。
人食い。だが、客は初めから蛇に睨まれた蛙の定め。踵(きびす)を返す
など到底叶わない。
鬼婆は牙の生えた口で「いらっしゃいまし、包丁、研ぎなせぇ。」と命
じる。客は否応なく先客に倣(なら)って包丁を研がざるを得ない。
見ると何処(どこ)も桶と砥石と出刃包丁の満席だ。砥石を滑る包丁の
快音。シュー、シュー、シュー。それは図(はか)らずも、鬼になってし
まった客の泣き声のようにも思える。
そして、研ぎ終わった者から、んばぁー、と奇声を上げ、血走った鬼の目
をして狩りに出かける。次の客を捕まえに行くのだ。
おや、わたしにも、一席空いたようだ。
『山乃食堂』は客に何もかも調理させる新手(あらて)のレストランだ。
客は<山>と大書してある暖簾(のれん)を潜(くぐ)ったところから、
あ、これは拙(まず)いことになったと気づく。
鬼婆(オニババ)が血眼で客を凝視するからだ。品書きは一品のみ。
人食い。だが、客は初めから蛇に睨まれた蛙の定め。踵(きびす)を返す
など到底叶わない。
鬼婆は牙の生えた口で「いらっしゃいまし、包丁、研ぎなせぇ。」と命
じる。客は否応なく先客に倣(なら)って包丁を研がざるを得ない。
見ると何処(どこ)も桶と砥石と出刃包丁の満席だ。砥石を滑る包丁の
快音。シュー、シュー、シュー。それは図(はか)らずも、鬼になってし
まった客の泣き声のようにも思える。
そして、研ぎ終わった者から、んばぁー、と奇声を上げ、血走った鬼の目
をして狩りに出かける。次の客を捕まえに行くのだ。
おや、わたしにも、一席空いたようだ。
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