『眼科医院』 田中章滋
ワタシの家の向かいに旧い眼科医院があった。そのレンガ塀の看板には『随時入院可』の赤い文字と大きな片目の図案、そしてその下には青と白の縞模様の旗が描かれていた。そこを眺める度、ワタシはなにやら監視を受けているような気がして、胸がドキドキするのだった。
ある日、ペンキ屋が来てこの壁いっぱいの看板を黒く塗り潰していったので、ワタシの不安は漸く解消されたのだった。眼科医院はどうやらつぶれてしまったようだ。ザマアミロ。
しかし何という眺めだろうか、ワタシの家の前の家並みは、この黒い壁のお陰で歯が抜けたような感じに見えた。が、そう思ったのも束の間、壁を挟んで両側に建つ白い二軒の家のせいで、その辺り全体が巨大な目を象っていることに気がついたのだ。ワタシの心臓は今にも破裂しそうになった。どうにも気になり壁のそばまで調査にいくと、そこには、いつの間にやら節のような目の模様が、まさに無数に浮き出ていた。
それからというものワタシは気が落ち着かなくなり、何かに恐れおののく日々が続いた。おお、神よ! ワタシは壁の崩壊を願わずには居れなかった。するとたちまちワタシのこの徒な願いは実現されたのだった。白い二軒の家の主人が時を同じくして死んだのだ。
葬式の花輪が一斉に並んだ。
それにしても、何という悪意だろう。それらはみな二重まるの目のカタチをしているではないか!
ワタシはその二軒の家を丸ごと買い取った。人気のなくなった家からは、ネズミが這い出してきて汚らわしいことこの上ない。ワタシはすぐにも取り壊しを命じた。
向かい側の通 りは、どうしたものか人が死んだり、引っ越したりでスラム化し、何時しか誰も住まなくなっていった。残っているのは眼科医院一軒きり。しかも、破産この方どうやって生計を立てていられたものか、皆目判らない。建物だけは軍隊あがりのその目医者そのもののようにいつまでも踏ん反り返っている。ワタシはこの建物が憎くて憎くて堪らなかった。
そのうちダイナマイトを投げ込んでやろうと真剣に考えていると、遺産管財人を名乗る男が訪れた。向かいの目医者が死んだのだと言う。誰も身寄りのない目医者は、縁もゆかりもないこのワタシに遺産を譲り渡すよう遺言して自殺したのだった。
なんとも気味の悪い話だが、これはもっけの幸いである。これで漸く溜飲を下げることができる。ワタシは早速向かいの家の解体を命じたのだった。
取り壊し作業が進むに従って、恐るべき事実が明らかになった。ワタシを苦しめ苛み続けたこの眼科医院は、実に夥しい数の頭蓋骨をレンガのように積み上げて造られた、髑髏の家であったのだ。
ワタシの家の向かいに旧い眼科医院があった。そのレンガ塀の看板には『随時入院可』の赤い文字と大きな片目の図案、そしてその下には青と白の縞模様の旗が描かれていた。そこを眺める度、ワタシはなにやら監視を受けているような気がして、胸がドキドキするのだった。
ある日、ペンキ屋が来てこの壁いっぱいの看板を黒く塗り潰していったので、ワタシの不安は漸く解消されたのだった。眼科医院はどうやらつぶれてしまったようだ。ザマアミロ。
しかし何という眺めだろうか、ワタシの家の前の家並みは、この黒い壁のお陰で歯が抜けたような感じに見えた。が、そう思ったのも束の間、壁を挟んで両側に建つ白い二軒の家のせいで、その辺り全体が巨大な目を象っていることに気がついたのだ。ワタシの心臓は今にも破裂しそうになった。どうにも気になり壁のそばまで調査にいくと、そこには、いつの間にやら節のような目の模様が、まさに無数に浮き出ていた。
それからというものワタシは気が落ち着かなくなり、何かに恐れおののく日々が続いた。おお、神よ! ワタシは壁の崩壊を願わずには居れなかった。するとたちまちワタシのこの徒な願いは実現されたのだった。白い二軒の家の主人が時を同じくして死んだのだ。
葬式の花輪が一斉に並んだ。
それにしても、何という悪意だろう。それらはみな二重まるの目のカタチをしているではないか!
ワタシはその二軒の家を丸ごと買い取った。人気のなくなった家からは、ネズミが這い出してきて汚らわしいことこの上ない。ワタシはすぐにも取り壊しを命じた。
向かい側の通 りは、どうしたものか人が死んだり、引っ越したりでスラム化し、何時しか誰も住まなくなっていった。残っているのは眼科医院一軒きり。しかも、破産この方どうやって生計を立てていられたものか、皆目判らない。建物だけは軍隊あがりのその目医者そのもののようにいつまでも踏ん反り返っている。ワタシはこの建物が憎くて憎くて堪らなかった。
そのうちダイナマイトを投げ込んでやろうと真剣に考えていると、遺産管財人を名乗る男が訪れた。向かいの目医者が死んだのだと言う。誰も身寄りのない目医者は、縁もゆかりもないこのワタシに遺産を譲り渡すよう遺言して自殺したのだった。
なんとも気味の悪い話だが、これはもっけの幸いである。これで漸く溜飲を下げることができる。ワタシは早速向かいの家の解体を命じたのだった。
取り壊し作業が進むに従って、恐るべき事実が明らかになった。ワタシを苦しめ苛み続けたこの眼科医院は、実に夥しい数の頭蓋骨をレンガのように積み上げて造られた、髑髏の家であったのだ。
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