『露出症者』             田中章滋

 絵描きが未完成画を見せるのは露出症である。

 昔、池袋のびっくりガードから東口に抜ける階段で、本物の露出症者と出会ったことがある。それは如何にもそういう嗜好を持ちそうな、むくつけき男ではなくて、若く、ちょっと陰のある綺麗な男であった。深夜ではあったが、オレンジ色の街灯で煌々と照らされ、春めいたベージュのコートを階段を登り切った場所に弧を描いて広げ、仰向けで桃色の全裸の姿。マンテーニャの「死せるキリスト」の逆遠近法のポーズで横たわっていたのだった。

 彼には済まないが、私は絵描きなので、人のヌードには慣れ切っている。そこがびっくりガードでも、決してびっくりなどしない。暫し立ち止まって、観察した。相手は薄目を開けてこちらを窺っていたようだが、敢えて彼の頭の方へ回りこんで私の姿を見えなくし、どこまで私の視線に耐えられるか試してやれ、と佇んでみた。

 五分以上彼はまんじりともしなかった。よく耐えたものだ。オレンジ色の街灯照明も抜群、階段下からは死角となって、登って来る途中、彼の存在は全く予想されない。当時芝居にも手を出していた私は、実に周到な演出だね、と軽犯罪にも拘らず感心したものだった。

 深夜で人通りなどなかったが、階段の底の方に人影がちらっと見えた。ここに居続けると私も誤解されかねない。真後ろの通りの方へ踵を返し、早足に去る背後から「きゃっ!」と若かろう女性の声が追いかけて来た。頭のなかで、何故か「窃視症者」なる言葉が渦巻いて、私は決して後ろは振り向かなかった。


                 春の嵐

           『春の嵐』(木製パネルにテンペラ+油彩)<2014.4.20現在/未完成>
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