『黒い詩』           田中章滋

 久々に昼から夢を見た。詩人と名乗る黒い服の若い男。そう詩人や哲学者は自称でよい。絵を描けば、誰もが絵描きであるように。

 その詩人は、見知らぬ造形作家や、地方の現代美術の首魁や、売れっ子女流画家の仲間だった。私の仲間のヤノが居る。マミコが居る。ユタカが居る。ユタカは煙草を私に勧める。ここで吸っていいのか?今日日何処も禁煙だらけだ、有り難い。

 私の煙草は何故かピースのパッケージのような箔で包んだ箱形オブジェになって居り、大きな塩の結晶が、中身の大半を占めている。他にも繊維状の不純物が混ぜてあって、頗る不味い。禁煙を考えているので、敢えてそうしているのだと思い出すが、何故態々そんな仕掛けにしたかまでは、自分でも覚えていない。

 私はユタカに語る。

 「今し方、面白い若い詩人と出会ってね。己の真面目な定型詩を、態々他人の呟きや、コピペ、神籤の吉兆に従い、混ぜ返すというオートマティズムとしては、ちょっと古い手法。しかし、何故か何れもこれも黒い印象がするんですよ。まるで烏賊墨パスタのように。」

 ユタカはそれがどうした?と言った風情で、「詩人?」とだけ問い返して、私の話に興味が持てなそうなそぶりだった。始めそこは芝居小屋かと思ったら、己のグループ展示会だった。夢など、そんなものだ。最初は驚くが、何喰わぬ顔で己の役を演じ始める。が、それで辻褄は合うように出来ている。そう、筋立てをすっかり忘れているだけだ。が、そうだった、そうだったと諾いながらも、常に得心がいかない。私は三島由起夫の短篇『仲間』の子供のように、ここぞとばかりに、ユタカと煙草を吸いまくる。

 「白い顔の黒い男」と言えば、君はもうお分かりだろう?そう付け足して、何事にも無関心を装うユタカに目をやる。案の定、無視だ。卒然と悪戯心を惹起された私は、出会った詩人の詩をそう高く評価した訳もないのに、彼を誑かすべく、口から出任せの嘘で、その詩人を粉飾し始める。

 その詩は結晶のようだった。でも黒い。まるで石炭。その詩は煙のようだった。しかし黒い。だから雷雲。その詩は喪のようだった。だから真っ黒!

 ユタカが煙草の煙に咽せながら笑い出した。
 
 「あんたの話は先が読めた。その詩人は結核なんだろ?」
 
 「えっ、何故?」とふいを突かれて私は動揺した。
 
 「詩人といえば血を吐いて絶命するホトトギスと相場が決まってる。黒ときたら赤だね。」そう冗談をあしらうような、ユタカの無表情が癪に障る。

 確かに真っ赤な嘘だが、そこまでは思いつかなかった。失敗した…。ユタカを見やると、煙草の煙幕が濛々とユタカを取り巻き出し、夕立でも来そうな稲光を発したかと思い気や、ユタカの姿は忽然とその群雲ともにその場から去ってしまったのだった。

そして私は夢の法に従って訝しむ。私にユタカなんて名の友達、いたかしらん?
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