『澁澤龍彦氏の夢』              田中章滋

 阿呆なので、よく変な夢を見る。

 今朝も私の嗜好から、名を出せば、ああ、然(さ)もありなんと思える物故作家の澁澤龍彦が夢に出てきた。彼とは過去に一面識を持っている。深い関わりならば、氏の著作を持って親和し過ぎている。

 殊に彼からは、未成年の頃『悪魔のいる文学史』でフランス文学関係の奇人変人、名もなき「月下の一群」(堀口大学)とも言うべき若者達について、お前の遊び相手に相応しいよ、と教えられたのだった。

 さて、夢だから「変」が当たり前。作家には文学忌がつきものだ。名の知れたところでは芥川龍之介の「河童忌」、太宰治の「桜桃忌」、三島由紀夫の「憂国忌」などがあり、変わった名の文学忌では、埴谷雄高の「アンドロメダ忌」、H.Pラブクラフトの「邪神忌」なんてのまである。

 私は夢で澁澤龍彦氏の『呑珠庵忌』に出席している。しかもそこでは、鬼籍から御本人がお出ましになって、人前で話すのが苦手な氏なのに、車座の真ん中で胡座をかき、盛んに自分について思い出を語ってくれたまえ、と宣している。

 「僕ぁね・・・」と詩人の何某(恐らくが吉岡実)が口火を切るが、「おめぇはとっくにこっちの人じゃないか!まだ早いよ」と本人に窘められて直ぐに黙る。「じゃ、わたしが・・・」と何かと故人の生前の噂ばかりする別の詩人が話そうとすると、「睦っちゃんは知った風な事ばかり話して、肝が悪いね!」と今度は生きた奴まで窘められてしまう。まるで暴君だが、そこに居るのは当人で、本当の話なんだから誰も二の句が継げない。

 「聞き飽きたようなのは、いい、新味のある話が聞きたいね」、そう言って私を指差し「君がいいや、遭った事ないよね?」と仰る。

 「あ、いえ、何度かお見かけしたり、言葉を交わしたりしましたが・・・」とヘドモドして居ると、「そうか!じゃ今から友達だ、滅法面白いのを一つ頼むよ!」と澁澤氏。

 慌てた私は、脳がはち切れんばかりに、嘘に嘘を重ねた即席の澁澤氏とのエピソードを繰り広げてみせる。

 氏はやんやの喝采。「そいつはいいや!素敵だ!逸話なんてのは全部あってもなくてもいいもんさ。これから君が新しいのをどんどん拵えてくれたまえ」。

 冷や汗をかきながら暴君(サルダナパール)澁澤龍彦の顔をよく見ると、彼の顔はとうに鬼籍に入った父の顔にも祖父の顔にも変化(へんげ)していたのであった。



澁澤龍彦
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